2013年10月30日水曜日

2013.11.6 Tommy Dorairo 「メルロ=ポンティと身体論」7

ゲシュタルトは、わたしたちの感性に「地-図」(背景に沈むものと知覚の対象)の構造があらかじめ属性として備わり、それがわたしたちに、対象を一挙に捉えさせてくれるのだとしました。

森羅万象の中からある波長をサウンドと、あまたあるサウンドの中から音を、メロディを、そして、いったん捉まえたメロディは、音階がたとえ違っても同じメロディと了解します。これは、わたしたちの感性にある地-図の構造が働いて起こるのです。

反対に、ゲシュタルトが崩壊するとどうなるでしょうか。漢字を見つめすぎて、それが漢字に見えなくなってくる例がよくあがりますが、これも、地-図の構造が緩むことと言ってもいいかもしれません。

抽象画、ジョン・ケージの無演奏コンサートもそうでしたが、新しくおこる芸術は、この地と図の混乱を確信的に謀るものだと言えるかもしれません。

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セミナー内では特に言及していませんが、さまざまな文献を参照しています。
以下、主な邦語文献を記載します。

加賀野井秀一『メルロ=ポンティ』
木田元『メルロ=ポンティの思想』
木田元『現象学の思想』
谷徹『これが現象学だ』
ダン・ザハヴィ『フッサールの現象学』
村田純一『知覚と生活世界』
鷲田清一『メルロ=ポンティ』