2013年9月25日水曜日

2013.10.2 Tommy Dorairo 「メルロ・ポンティと身体論」6

ゲシュタルト心理学の考えでは、知覚は、物体からの個別的な感覚刺激の総和から構成されているというよりは、要素に還元できない「まとまり」として成立しています。このまとまりを、ゲシュタルトと呼びます。

私たちは、たとえ音階が違っても、旋律が同じなら、そのメロディを同じものだと認めます。
電光掲示の光の点滅を単体で見つめることはなく、光の表象の意味を汲みとります。

これらはすべて、理性的な判断を待つことなく、知覚のレベルで起こることです。

ポンティは、私たちの経験にはゲシュタルトが与えられているのであって、単にバラバラな諸感覚が与えられているのではない、という考え方に魅せられました。身体は、その都度受ける感覚を受容するだけの機械ではない。

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セミナー内では特に言及していませんが、さまざまな文献を参照しています。
以下、主な邦語文献を記載します。

加賀野井秀一『メルロ=ポンティ』
木田元『メルロ=ポンティの思想』
木田元『現象学の思想』
谷徹『これが現象学だ』
ダン・ザハヴィ『フッサールの現象学』
村田純一『知覚と生活世界』
鷲田清一『メルロ=ポンティ』