2010年6月3日木曜日

2010.6.18 Comet Morigi 「芸術とは何だろうか」ディスカッション


「芸術とは何だろうか 3」

Comet Morigi さんに、「人はなぜ芸術があると感じるか」をめぐるディスカッションしていただきました。

フルログはこちら→ 2010_6_8_アート3 ログ.doc


comet Morigi: 今夜の題目「人は、なぜ芸術が在ると感じるか」芸術が在るかどうか、ピンと来ない人のために、念を押すという意味で。実は、先に芸術が在ると決め付けています。初回に、エジプト人は芸術概念を持っていたかどうか。という話がチラッとありましたので。取りあえず使われている芸術という言葉が、いつから、今使われている芸術の意味になったのか、ポイントを探したかったんです。
comet Morigi: 最近「日本には、明治維新まで美術が無かった」と、一般の方(柄谷)からも聞くようになりまして。
comet Morigi: ご存知でした?
Yo Haiku: 哲学も明治前は無かった、と言われたりもします
marube Oh: 美術という言葉という意味ですか?
[注]「その言葉が無いなら、美術は無い」との立場を表していると思います。その前に「芸術という言葉は消えないから、芸術も消えない」とした評論家(宮川淳)がいました。

Hiroshi Kumaki: 美術、という概念のものは、無かったのではないでしょうか。あくまでも美術、哲学、というのは翻訳語ですから。
Yan Lauria: どうかな、縄文土器でも美的なものを感じるのもある
Hiroshi Kumaki: ただ そう おっしゃるように 美そのものは、ありますよね 文化の違いを問わず。。。
comet Morigi: 芸術概念を有史以前まで遡ることが難しくとも、大半の美術全集は、ラスコーの壁画から始まっています。
comet Morigi: だから、芸術って、チンバンジーが木を揺すって、夕日を眺めて泣いたときから、在るんじゃないの?
comet Morigi: 「恐竜は、恐竜という言葉が無くても、地球上を歩いていた」(彦坂)と言う。
comet Morigi: じゃ、人間という言葉が無くても、人間は居たと思う?
Hiroshi Kumaki: これは、前に取り上げたテーマとも関わってきますが。。。
Yo Haiku: 芸術というコンセプトがなくても美の体験のようなものはあったのでは?

Hiroshi Kumaki: 言葉、概念、意識、の関わりですね[注]「人間」には、既に定義「人間という言葉を知る者」が含まれているならば、自身を「人間」と呼べない人間とは、矛盾であります。恐竜自身が、恐竜という言葉を持っていたなら、隕石の到来を予知し、何らかの遺言を未来に託した。=ポンペイ遺跡のように、私たちに芸術の化石を遺したと思います。それは、生物史上、人類と無縁な種であっても、存在の意味としての「人間」だと思います。遺さなかった恐竜は、残念ながら「人間」ではなかったと思います。
kichimaru Haystack: 美を感じるのは我々現代人で、ラスコーの製作者は合目的的に作ったというのがポイントですかね[注]ラスコーの壁画を見ると、芸術性を感じます、花や湖の美しさとは異なって。しかも、それが私たち現代人だけではなく、描いた当時の人々にとっても、芸術的感動をもたらしていたかのような想いに駆られてしまうけれど、証明は難しそう。
Kerupa Flow: ある程度、枠組みを決めながら話さないと、単に混乱するだけでは?
[注]枠組み(定義)を決めてから、その中で話すのではなく。現に私たちは、何か枠の中に居るけれども、その枠が不明なので手探りしています。そこから、願わくば、望ましい再定義を見つけたい。「こういう枠で、話そう」と簡単に決まるぐらいなら、議論の必要からして疑わしい。そのような思考(枠の使い方)は、絵の描き方に表れます。

comet Morigi: 言葉の定義にもよるでしょうけど。私には、ここで話す明確な目的があります。
comet Morigi: 芸術に関わる人の尊厳のために、話がしたい。そのためのSL美術です。
comet Morigi: 誰でも、特に、ここに集まるような人は、芸術と個人の尊厳を本能的に結び付けていると思います。
comet Morigi: 「SLに住んでいます」と、ゆとりを持って言える、そんなメタバースを実らせる芸術。
Kerupa Flow: 定義か実例で、現在のコメットさんの言う尊厳の意味を少しほぐしてみてくれませんか
comet Morigi: 私の芸術論シリーズのゴールは、SL独自の芸術論です。
comet Morigi:と言えば「ハイバーフォーマリズム」「ヴァーチャリズム」「Not Possible in Real Life」 など、
comet Morigi: いずれのキーワードも、何故かアメリカ人が、SLで言い出したことです。彼らは、SLの尊厳・プライドというものを、芸術の条件にし易いらしい。フランスとの文化主導権争いに勝ったことを、未だ覚えていて、それがSL文化の劣位を晴らす希望になっているのだと思います。

comet Morigi: 今日は、ニューヨーク近代美術館の話なんか、するつもりは無かったんだけど。
comet Morigi: アメリカの小説には、フランス人の家庭教師を付けたり、フランス語を話せなきゃダメというような、場面が多い。
comet Morigi: ところが、アメリカ人のすごいところは、いつまでもフランスに卑屈になっていないこと。フランス人の方が優雅であるかのようなポジションに甘んじない。それだけの野心があった。
comet Morigi: 1920年代、アメリカの富豪の奥さん三人が、若い美術史家アルフレッド・バーJr.を起用し、ニューヨーク近代美術館を作ります。他、ペギー・グッゲンハイム(美術館)とか、いずれも、なぜか女性。パリジェンヌへの対抗意識でしょうか。
comet Morigi: 伝記映画ポロック(エド・ハリス)が、当時の状況(モンドリアンが、ポロックを発見して、グッゲンハイムに紹介する)を描いています。
comet Morigi: ポロックやパーネットニューマンら大戦後間も無い時代の画家は、最初から、これら美術館の目的=フランスを凌駕するための美術史の中にある人たちです。20年代から着々と進めてきた美術史戦略は、ここでひとつの成果を迎えます。
comet Morigi: 「そろそろ、ヨーロッパの画家ばかりでなく、自国の美術家を信じる時期ではないか」これが当時1950年頃の評論家の言い方。
comet Morigi: ニューマンにコレクターが訪れました「絵を買いたい」
comet Morigi: ニューマン「それで、ニューヨークにいつまで居るのか」
comet Morigi: コレクター「そろそろ、ひと月で帰る」
comet Morigi: ニューマン「3ヶ月もいられないか」
comet Morigi: コレクター「それは無理だ」
comet Morigi: ニューマン「なら絵を売れないね。私の絵は、ニューヨークを理解しなければ理解できない。理解するためには、3ヶ月以上居なければね」
comet Morigi: これは、パリから来た冷やかしコレクターだったんじゃないでしょうか。
comet Morigi: 日本では、セゾン美術館も、新興文化の意地(デパート商業戦略では説明できない)、鉄道の弟に対するのと、三越に対するのと、 二つ合わさった対抗意識と見るのが、妥当ではないかと。特に、三井越後屋の伝統。
comet Morigi: アンゼルム・キーファーが、セゾンに来たとき、
comet Morigi: 「何で、日本は、ゴッホ(ひまわり 当時の安田火災海上)を買ったの? だって、日本美術を土台にした画家でしょ。オリジナルを持っている国が、コピーした画家に大金を払うのは、おかしいよ。」
comet Morigi: 何故かって、それも、美術史戦略の差。アメリカ人が、フランス美術の凌駕を図っている間、日本はどうなっていたか。
comet Morigi: 国立西洋美術館の松方コレクションは、構想通りなら、現状の東京国立博物館クラスの大きさになったでしょう。
comet Morigi: 事故と敗戦が重なり、あの大きさに。
[注]日本軍国主義による抑圧も
comet Morigi: ここでフランスは、ずいぶん頭が良い。 敗戦国から美術品を全部取り上げなかった。もし、全部取り上げたら、日本人がフランス美術を尊敬する機会が無くなってしまう。でも、全部返したら、日本人は、フランス美術の優等生になってしまって、ニューヨーク近代美術館みたいに反撃しかねない。
comet Morigi: そこで、見本品のような物だけ返した。「大事な物は、パリに来て見てね。」しかも「フランス人建築家の設計した美術館に収めること」 あれは、フランスの植民地総統府に似たものです。戦争が終わったときから、貧乏な日本人は、おフランスを尊敬するように仕組まれていた
(返却されたことは、まあまあ良かったとしても)。
黒田清輝 舞妓 
  
comet Morigi:
こういう画家にガンガン描かせるような日本だったら、敗戦は無かったでしょう。なんで、これをパリに巡回させないんでしょうね?
comet Morigi:「
最初から印象派は日本にあったんだから、その日本人が、印象主義の絵を描けば、フランス人以上の本物になります。
着物姿のモネ夫人

comet Morigi: 今日は、美術史前後で、どう芸術が変わるかという話の予定でしたが、

comet Morigi: その中の一部、何のために芸術を選び取るか、という話になりました。これはこれで、今後につながる話にできたと思います。
comet Morigi: 今夜は、私がどういうつもりで、どういう芸術観に、みなさんを招きたいかを、期せずして、はっきり言えました。
comet Morigi: 本題は、自意識と記憶と美術史から、芸術の存在感を探せたら良いと思ってました。
comet Morigi: 国民に美術史が有れば、文化植民地になりにくいです。SLアメリカ人は、その点で良く努力していると思います
[注]尊厳の例として、国の尊厳ばかり並べてしまいましたが、私的尊厳にも当てはまるはずのことだと思います。